元赤坂にカナユニというレストランがありました(今は外苑前に移転)。それはそれは色んな意味で筋の良いお店でした。

まず、元赤坂という土地柄。お相手が東京に詳しい方であれば、招待された場所が「元赤坂や元麻布」のような元◯◯の場合、瞬時にむむっ、これは品の良さそうなお店だぞ、と心の準備をしてくれること請け合いです。また、ポイントが高いのが、インテリアに印象に残るところが何もないという潔さ。そのデザインにゲストがわざわざ気付かないのが一番優れたデザインだと言われます。
前号でお話した客筋が弩級に良かったのはもちろんなのですが、何が良かったかって、ボクがこれまでの人生で何百回と予約電話をした中で後にも先にもこの1回しかない体験をさせてくれたことです。しかもほんの些細な一言で。

それは10年ほど前の7月(具体的に7月と覚えているのは誕生日の夕食だったから)。
直前まで行くお店が決まらず、あーでもない、こーでもないと、携帯にメモしていた「行きたい店」リストをグルグル探していると、行きたいことは行きたいんだけど、敷居の高さに腰が引けて、行く機会を逸していたカナユニが目に止まりました。「ま、誕生日だし、ちょっと奮発して行ってみようか」という流れになりました。

恐る恐る電話をしてみると、結構な年配と思しき方の声です。
ハナ金の、当日の、しかもディナー直前の準備でお忙しい時間の連絡ですみません、初めて伺おうと思っているのですが、本日2名分のお席の空きはありますでしょうか?と問い合わせてみました。
すると、その男性は、ありがとうございます、お席ご用意させていただきます、何時頃のご来店をご希望ですか?とのこと。そこで、19時半ころに伺ってもよろしいでしょうか?とお伝えすると「それはステキなお時間帯です、素晴らしいディナータイムになるようご準備させて頂きますね。」とご返答頂きました。

※写真はイメージです

のけぞりました。予約時間を褒められました。19時でも20時でもなく、19時半という自分のチョイスのセンスを褒められた気がしました。
ただでさえゲストで混み合う金夜、レストラン側からすると、オペレーションの安定度を考えると、なるべくゲストには分散来店して欲しい。なので、理想をいうと、意図的に満遍なく時間帯をバラけさせたい。でもゲスト側からすると、お店の都合はなかなか想像しづらい。ありていにいうと「そんなこたぁ、知ったこっちゃない」。
でも意図的にお店のオペレーションを理由に誘導されていると感じるのは、レストランのゲスト体験の中でなかなか上位に入る心地悪さなのも事実。皆さんも旅館やホテルの朝食で7時か9時のどちらかをお選びください(いや8時が良いのに)なんて良くある話だと思います(もちろん、それがオペレーションの安定感を生み、結果的にはゲストの満足度につながるというのも確かなのですが)。

だけど、私たちはそれほど、思い通りに動けない。
交際相手と食事に行く直前に上司に呼び止められ、1時間はかかるであろう仕事を依頼される、完全に準備万端だったのに家を出る直前に子供がグズり出して結局30分出遅れる、なんてザラですよね。ゲストをお店側の意向で誘導しても結局無意味なことが実際は多いんです。

だったら「良い時間をお選びで」という何気ない一言が、どれだけその店の筋の良さ、スタッフさんのセンスの良さを感じさせてしまうという荒技に、のけぞったわけでした。食事の内容を一つも書かずに、あなたのお店リストに載ることができていれば、本コラムの方向性として、一応及第点なのですが。

酸いも甘いも知り尽くしていそうな渋めの大先輩をお誘いするに適したお店です。

 

(文責:田中)