お近づきになりたくて、好印象を与えたくて、便宜を図って頂きたくて…
接待の理由は様々ですが、星付きの有名店や、過去の受注成功に貢献してくれた実績あるお店を使ったのに、何故か上手くいかなかった、なんてことはよくある話。
そんな残念な経験を回避するためには、名著「美味しんぼ」の第三巻の第六話「接待の妙」を繰り返し読むに限ります。


こんなお話です。
主人公の山岡士郎と栗田ゆう子が所属する東西新聞社は、アフリカの飢餓を救うための募金活動を大々的にスタートします。
山岡と栗田の部署にも大口寄付獲得のミッションが与えられます。二人は上司の谷村部長とともに、日本で五本の指に入る石油会社の大日石油に向かいますが、着いてみると階段がミシミシ、ギシギシいうような四階建てのみすぼらしい社屋。社長室に至っては扉の窓は割れた部分をガムテープで止めてあり、粗大ごみ置き場から拾ってきたようなボロボロのソファ、やかんから注がれる飲み物は水、という有り様。
日本三大ケチと呼ばれる成沢社長(陰ではケチ平と呼ばれている)がドンと寄付してくれたとなると、他の人が断れなくなるだろうという算段のようです。
その意図を察した成沢社長は、ならばウマいものを食べさせろとおねだりします。
東西新聞はここぞとばかりに立派な料亭に成沢社長を招待し、これでもかと豪華料理を振る舞います。
するとどうでしょう。みるみるうちに成沢社長の顔は曇りだし、ついには途中退席して帰ってしまいます。

理由はこうです。

アフリカの飢餓を救うための募金と言っているのに、豪華な接待に大金を使うくらいなら、そのお金をそのままアフリカに送れば良いではないかと。こんな馬鹿なお金の使い方をするような人たちにお金を預けたらロクな使い方はされない。募金の話は、お断りだ!だそうです。
呆然と見送る東西新聞社の面々。
山岡士郎は「成沢という人、根性が座っているな。自分の金を使うのをイヤがるケチでも人の奢りなら喜んで受けるものなのに、人の金でも無駄金はイヤだと言うんだから」とポツリ。
そこで山岡は一計を案じます。


仕切り直しのご馳走の案内人は、謎のホームレス、辰さんです。
辰さんは銀座ウェストデパートで開催されている「世界うまいもの大会」に成沢社長を連れていきます。試食巡りのようです。

まずは食前酒として山梨の白ワイン、前菜に石川県産の珍味くちこ、岩手名産あわびの粕漬け、広島名産でべら(木の葉ガレイの干物)とお酒呑みには堪らないおつまみが続きます。
地酒売り場に移ると、山形の住吉、栃木の四季桜、石川の菊姫とチビチビ飲み進めます。
途中ローストビーフのブースに立ち寄ろうとする成沢社長に辰さんは「馬鹿だなおまえは、まだオードブルの段階なんだ、メニューの組み立てってことを知らねぇのか!」と一喝。

25年間銀座の飲食店の勝手口のゴミ箱あさりを続けた辰さんは、出店者のクオリティを知り尽くしているようで、山菜おこわが二軒出店しているのを見ると一方を、「あの店は古いもち米を使っているせいで、蒸す時間も長くなってしまい、仕上がりがべシャッとしている」と一刀両断です。

アイスクリーム、食後酒のカルヴァドスまで堪能した二人は意気投合。ニューギンザデパートで開催されている世界の菓子展へハシゴのようです。

その時でした、成沢社長はふと立ち止まり胸の内ポケットから小切手を取り出すと、サラサラと金額を記入。肩を組んでその場を立ち去る二人。
山岡たちが小切手に目をやるとそこには「1億円」と書いてあります。
「只のケチとは違うと思っていたよ。本当の金の使い方を知っている男なんだ。」と山岡。


同じお店、同じお料理を選んでも、喜んで頂けるかどうかはお相手の状況次第です。
どんな美味しくオススメの一皿であっても、馬主さんに馬肉のカルパッチョは逆効果な場合もありますし、拍子抜けするようなメザシと豆腐の味噌汁と白いご飯の簡易なお膳でも、その食材がお相手の幼少期の情景を思い起こさせるような地元のものである場合は大成功な場合もあります。

ボクたちがそれぞれ笑いのツボが違うように、ボクたちがそれぞれ怒りの地雷が違うように、千差万別です。
美味しいお店や評判のお店を知っていれば知っているほど、そのお店の良さにばかり目を取られ、お相手がどんなだったら嬉しく感じて頂けるかが疎かになるというトラップが待ち受けていますのでご用心を。


20代の頃のボクに教えてあげたいこと。
店選びは、相手調べ。

 

(文責:田中)